2020/12/07 00:10

 2020年12月6日

 「月刊美術新人賞」最終審査通知の書類がようやく届いた。何よりも誰よりもこの瞬間を心底待ちわびていた。ここ数日、何度もポストを開けたり閉めたりしていた。そして今日その日が訪れた。私は投函された封書を握りしめ、マンションの階段を駆け上がり、部屋に入るや否や粗雑に開封し書類に目を落とした。
 結果は"選外"。唖然とした。


 腹の底から叫ぼうとしていた歓喜の声は喉よりも口に限りなく近い場所でつっかえた。
 代わりに視界がぐるっと一回転し、宛先不明の嗚咽まじりの溜息が空に漂った。腰掛けたキッチンの椅子からは立ち上がることも、しゃがみ込むこともできず、
私の周りの時間と思考は同時に止まった。

 必ず入選する自信があった。そもそも自信のない作品なんてひとつもない。あるはずがない。なぜなら作品自体が自信をもった主張の塊であるからだ。

 しかし、入選は疎か、グランプリの壁は未知なる分厚さで鎮座し、その穴は観測可能な宇宙の果てから、地球のどこかにある蟻塚の穴を探し当てる程小さく困難に感じられた。

 頂点まではあと何歩だったのだろうか。一次審査通過をしたということはそう遠くはなかったはずだ。数百という作品の中から一度は選び抜かれた。それでも芸術の世界の倍率なんてものは合って無いようなものだと改めて認識させられる。

 何が足りなかったのか。
 私は自分を信じた。そして自分の作品を信じた。さらには"自分を信じる自分"を信じてくれる人もいた。

 しかし、選外の二文字が印刷された紙一枚を持った小刻みに震える手を止める術はなかった。描いた夢はその二文字の前に儚く散り、用意された舞台に結果が届くことは無く、精神は風前の灯火であった。

 努力ではなく、掴みたいものを掴むためだけの尽力をした。

 それでも、これは映画やドラマではないから、望んだハッピーエンドも真情溢れるエンドロールも約束されてはいない。
 誰も恨めないし誰も嘆きはしない。
 私が狼狽えている今この瞬間も世間は普段と何ら変わりなく過ぎて行くし、私と同じ様に選外通知を受けた作家がいて、私もその一部に過ぎない。あるいはもっと残酷な時間を過ごしている人だっているかもしれない。

 行き場のない悲痛な思いは身体中を駆け巡り続け、時間をかけてひとつの重たい泥濘となって覆い被さるように纏わりついた。

 それは拭おうとすればするほど深く染み付き、もはや絵画に対する価値観や目的は極寒の地で吹雪に晒される一本の枯れ木のように脆く、今にも折れそうだった。

 それでも暖かい陽の光を求め、押し寄せる負の感情を全身に浴びながら、私は私たる所以を守り抜くために今日も筆を持つしかなかった。言い訳や御託は意味がない。意味があっても探しはしない。 過ちではない。失敗ではない。自分が自分の選んだ道をを信じるほか、何があろうか。

 描かぬ未来に色は無い。

 思い描いた明日を生きるため。

 今を生きるため。

 折れた鉛筆の先は限りなく鋭く尖らせて、まっさらなカンバスと明日を睨む。